こだわりを捨てて生きていく

何事も長続きしない甘ったれ大学生が少しずつ自立していくまでの過程。

今まで遊んだことのない友達に遊びに誘われた時にまず考えること 〜前置き長すぎた〜

 

 

※先に言っとくと、前置き長すぎてタイトルと関係ない話になりました笑

 タイトルの内容期待された方はこちらから!なぜだがノリも全然違います

 

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大学生で言うこの時期は、春休みにあたる。

 

 

この時期になると多くの大学生は、本当どこか気が狂っているのではないかと心配するほど遊びの予定をびっしり入れている。

 

 

そして、スケジュール帳に遊びの予定をびっしり埋めているのを見る度に思う

 

 

え、それ全部埋まったら、なにか景品でももらえるの? 

 

 

ラジオ体操の出席カードなの?なんなの?ねえ!

 

 

と。

 

 

ちなみにラジオ体操の景品はボールペンでした

 

 

一方、

 

 

社会人の方々すれば思うことはただ1つ。

 

 

 

はよ働け

 

 

 

そう、いつだって真実はただ1つ。

 

 

この4文字に尽きるに違いない。

 

 

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ところで、みなさん存じているか存じていないか知らないが

 

 

私はすこぶる人付き合いが悪い人間だ。

 

 

ブログでもこのネタは何度かやっている

 

 

shizuru-021.hatenablog.com

 

shizuru-021.hatenablog.com

 

 

タイトルだけでも、え、この人病んでるの?とか

 

 

どんだけ友達にトラウマ抱えているの?笑

 

 

と思われたかもしれないが、特に過去にいじめのような大きな出来事があったわけではなく、

 

 

普通に日常的に接していて、嫌気がさしたり、不信感が募った結果、このような考えに結びついたに他ならない。

 

 

実際こういう人は多いと思う。

 

 

そりゃ、誰でも人付き合いしてれば嫌なところなんてたくさん見えるよと思うかもしれない。

 

 

だが、自分の見えている世界が、相手にも同じように見えているとは限らないわけで。

 

 

感覚的に、相手の心の機微に敏感で、相手の一挙一動から読み取る情報量が極めて多い人間がいるとする。

 

 

すると、相手の気持ちに必要以上に同調し過ぎてしまうため、常に相手の顔色が気になり、振り回されて疲れてしまう。

 

 

それが私なのだと思う。

 

 

こう書くとなんだか特別な病気のように思われるかもしれないが、何も特別なことではない。

 

 

そもそも人によって感じ方が違うことは当たり前だ。

 

 

むしろ、平均化した感覚を「正常」として基準を設け、そこから少し外れただけで「異常」とされる世の中に疑問を覚える

 

 

さらに、最近ではそうした「異常」とされるものに次から次へと新しい名前がつけられる

 

 

「異常」とレッテルを張られた人もそうした名前をつけられることに対して、不当である!と主張すればいいのに、病名をつけられたことで

 

 

「なんだ、自分はこういう病気だったからいままであんなに周りと違っていたんだ」

 

 

とかえって安心してしまい、さらに病気をこじらせる

 

 

いやいや、大小あれど全く同じ感覚を持っている人なんて誰1人としていないんだからあなたが間違ってるなんて認めなくていいんですよ

 

 

という気持ちになる。

 

 

何かの本で読んだけど、アドラーかな?

 

 

人は「自分が正しい」と思った瞬間から差別は始まるみたいなことが書いていて、なるほどなって思った。

 

 

「人は人、自分は自分」

 

 

この考え方を定着させること自体、難しいけどとても大事な感覚だと思う。

 

 

 なんかそれっぽく締めたが書こうとしてたことじゃ無い話になってしまった。

 

 

それなのにここまで読んでくれた方、ありがとうございます。

 

 

本編は次の記事で!!