こだわりを捨てて生きていく

何事も長続きしない甘ったれ大学生が少しずつ自立していくまでの過程。

自分が相手に感じていることは意外と相手に伝わっている

 
 
自分が相手に対して感じていることって、意外と相手に伝わってしまうものだ

 

 

「この人話しずらいな」と感じた瞬間、(無意識に)仕草1つ1つにその感情が反映される。

 
 
私も話していて「この人とは話が合わない」と感じることがよくあるのだが、態度に出しているつもりがなくても、やはり相手にはなんとなく伝わってしまうようで、お互い気まずい空気になることがある(この時相手も私と同じように「この人話しずらい」と感じていたに違いない。)
 
 
さらに私は一度苦手意識を感じた相手と二人きりになった時、かなり緊張してしまうたちなのだが、この「緊張」というのがまたおもしろいくらいに伝染する。
 
 
相手が最初全く緊張していなくても、私が緊張して話しているとなぜか相手もつられて緊張しだす。やがて会話がぎこちなくなって沈黙になり、別れた後にはうまく話せなかったことへのわだかまりが押し寄せてくる。
 
 
同じような状況に出くわした人は分かるかもしれないが、この「わだかまり」は相手と別れて家に帰って眠りにつくまでずっと続く。「今日私なんであんなにしゃべれなかったんだろう」 という自己嫌悪と後悔のエンドレスだ。
 
 
お互いがお互いのことを「話が合わない」と感じていることに薄々気付きながら、お互い無理して会話を続けようとする上っ面感といったら半端ではない。
 
 
だが、話が合わない相手などいくらでもいるし、その度にいちいち気にしていたらメンタルが持たない。
 
 
そこで、私はそのような人とでも気まずさを感じることなく話せる術というか心持ちを自分なりにみつけた。
 
 
その術というのは3つある。まず1つ目は「合わない人と話す気まずさを上回る困難なことを思い浮かべながら話す」というものだ。
 
 
例えば私は少し前まで舌にできた口内炎に悩まされていて、大袈裟ではなく言葉を一言発するたびに酷い痛みに襲われて本当に辛かったことがあった。
 
 
しかし、よくよく考えてみれば口内炎に苦しんでいる間はあまりの痛さに、話す相手がどんな人であるかなんてどうでも良くなっていたことに気が付いた。
 
 
そう、困難なことを抱えていれば、他のことを気にしてる余裕などないものだ。そこで、このような心持ちを持つことで注意を別のことにそらすようにしている。
 
 
次に2つ目が、「緊張していると感じたら、相手が喋り出すまで沈黙を決め込み自分のペースをつかむ」ことである。
 
 
緊張していると、焦って一方的に自分がしゃべりまくってしまうものだ。すると、会話が噛み合わず結果、気まずい思いをすることになる。
 
 
だから、そこはあえて一旦黙って落ち着いてみればいい。するとだいたい、沈黙を気にして相手が話を切り出してくる。そしたら余裕を持って話に乗っかれば自分のペースに話を持ち込むことができるという寸法だ。(切り出してこないなら、その人は沈黙が平気な人ということなので気まずく思う必要がない)
 
 
最後に3つ目。「この人と気まずくなったところで死ぬわけじゃないと開き直る」ということだ。
 
 
この考えは1つ目と似ている。気まずい思いをする以上に辛い出来事と比べることによって「大したことではない」と思える。
 
 
それも、死を引き合いに出せば何事もしょうもない問題のように思えて楽観的になれるのである意味最強な考え方である。(かなり極端かもしれないが、)
 
 
以上、私はこの3つの心持ちで話が合わない人と話すことを乗り切っている。


とはいえ、このような心持ちを持っていても緊張したり、微妙な空気になってしまうことはある。


だが、気持ちを隠してうわべで話していることが相手に伝わって微妙な雰囲気になるよりは気持ちを隠すことなく「この人と気まずくなっても特に支障はない」くらいの神経の図太さでいた方がいいと私は思う。