こだわりを捨てて生きていく

何事も長続きしない甘ったれ大学生が少しずつ自立していくまでの過程。

頑張りすぎてしまう人と頑張りたくても頑張れない人

 

 
努力することを苦とせず、過剰に頑張りすぎてしまう人間がいる一方で
 
 
頑張りたくても頑張れない人間がいる。
 
 
 

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こう2つに分けると
 
 
前者には「勤勉」という良い印象を、
 
 
後者には「怠惰」という悪い印象を持つのかもしれない
 
 
確かにそれはそれで、1つの見方として見ることができる
 
 
では、前者のタイプの人間の方が生きていく上で苦労は少ないのか?
 
 
それは、
 
 
「分からない」
 
 
 「え、なんで!?努力するの苦じゃなかったらなんだってできるし最強じゃん!ちょー羨ましいー」
 
 
そんな風に思う人もいるだろう
 
 
頑張りきれない人間からすればそう思うかもしれない。
 
 
だが、本人たちからすればどうだろう?
 
 
なんでもかんでも必要以上にやりすぎてしまうため、人よりパワーを必要とし疲労しやすい
 
 
これはこれで本人にとってとても苦しいものであるかもしれないからだ
 
 
「かもしれない」と言ったのは私が頑張りたいのに頑張れなくて苦しい思いをしている側の人間であるから
 
 
何度決意しても口だけになってしまう私の性格からしたら、コツコツと努力を積み上げていける人が羨ましくて仕方がない
 
 
しかし、私が羨ましいと思っている人たちは逆にそれをコンプレックスに思っており私のようなのんきな人間を羨ましがるかもしれない
 
 
例えば、私の母はきっちりしないと気が済まない性格でとてもしっかりした人なのだが
 
 
そんな母でさえ、必要以上になんでもかんでもやりすぎてしまう性格に苦しんでいるという
 
 
そして決まって「人には必ず良いところも悪いところもある、なんでもほどほどが大事」と教えてくれる
 
 
つまり、何が言いたいかというと
 
 
人の不幸は絶対に他人には分からないということなのだ
 
 
「あいつはいいよなー、なんでもできてさ」
 
 
なんて思ったとしても、そんな彼にも彼なりの苦悩はあるのだ
 
 
だから安易に人のことを羨ましがるべきではない
 
 
誰にだって"課題"はある
 
 
他人を羨んでいる暇があったら、自分の抱える課題と正面から向き合うべきだ
 
 
偉そうなことを言ったが
 
 
私は自分の、何事も口だけで、肝心なところでがんばれなかったり継続できないという性格に悩んでいるし
 
 
きっとこの性格は一生かけて乗り越えるべき課題だと思っている(大げさではなく)
 
 
だから、何事もやりすぎはよくないが、せめて「ほどほど」の程度にはがんばれるようになっていきたい